Someday distortion becomes genuine!
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『とある幸せのかたち』
あるところに、少女がいました。
少女はどこまでも吹き抜ける青空の下の木陰で、いつもひとりでした。
木葉がカサカサと時折風に吹かれて耳を通り過ぎます。
温かい陽光に空気は穏やかで、幾重にも重なった木葉1枚1枚が少女と絵本のページを彩っていました。
「『お母さん、今日のごはんは、なぁに?』」
少女の小さな、かわいらしい口からきれいな鈴が転がるように物語が紡がれます。
「『そうね、なにがいい?』するとお父さんと女の子は顔を見合せて、にかっと笑って言うのでした。『『オムライス!!!』』」
風がざぁっと鳴って、少女の金糸の髪をさらさらと流しました。
「…そうして、家族は、いつまでも幸せ、に…」
ぽた、ぽた、と絵本に少女の流した涙が弾けました。
木陰の下にいる少女に夕陽がかかりはじめました。
少女の背後にはそびえたつ廃墟がありました。
人ひとり、猫一匹いない街はずれに少女はたった一人でいたのでした。
**************************
「あの時はなぁ、もうお前は死んでしまうのかと思ったよ」
どちらかというと寡黙な育ての父は、生きていくのに厳しかった。しつけも日々の言動も決して半端なことをさせなかった。しかしなによりその厳しさが彼の優しさであることを知っていたので、少女は暖炉に照らされ穏やかに話す父の顔をじっと見ていた。
「あのね、なんだか…そう、きっと私は…寂しかったんだわ」
本当はこんなことをいつも語る親子ではない。こんな風に心の内をいつもさらけ出していけるほど器用な親子ではなかった。
それでも、今日だけはなんだかそれが許される気がした。
「誰もいなくなって、幸せなころを思い出してたの。でもそれもすぐに思い出せなくなって、記憶にない幸せを絵本に描いてみたわ。でも、だめだった。空想だけでは満足できなくて、どうしてももう取り戻せない幸せを取り戻したくて、同じ幸せでないと知りながら幸せを求めてた」
パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音のほかは、時折吹く風が窓をゆらす声しかしない。夜がつくる暗闇と暖炉の灯りが父親の顔を形作っている。時間の止まったような静寂が、夜の気配に一層深みを増した。
「あの頃はね、そんなこと気づきもしなかった。それはね、私が私自身何を望んでいるかもわからないで、悲しみに浸っていたから。でもね、人間は飽きるのよ。悲しみに浸って、涙を流して何もしないで生きていくには人の人生は長すぎて、世界は光であふれているもの。大切なものだってちゃんと生きていれば増えていくもの。」
父親は何も言わない。穏やかな琥珀色の瞳が少女を見守っている。
少女がこの家に来た当初、涙は止まることを知らず、その目は春に咲き誇る花々も、少女に暖かい言葉をかける村人の姿も捉える事がなかった。
悲しみに浸り、生きようとしないまだ幼かった少女を迎えたこの部屋で父は低い声で言い放ったのだ。「己の力でどうしようもない出来事を前になぜと思うことは容易い、しかし、人の生に疑問を持ったのならこの先生涯をかけて問い続けてみろ。」と。
「あの頃はね、わからなかった。この先もね、私の答えは変わっていくのかもしれないわ」
この先も、きっと問い続けるから。どんなにそれがつらい思い出と重なっても、楽しかったあの日々が消えることなんてないから。
もう幼くはない少女の頭を、ごつごつした大きな手がなでる。金糸のきらめきをもつ髪の質感は絹糸のようだった。
明日少女は結婚式だ。相手は村一番の仕事をする、もちろん村一番の奴だ。二人して連れ添いたいと挨拶に来たときは相手を地面に沈めてやろうかと思ったが、いかんせん少女が迷いに迷って出した選択だったのを言葉に出さずとも知っていたからできなかった。自分も彼女の幸せを心から願っていた。それでも決して口には出さないあたり、不器用だと思いながら親子なんだから仕方ないんだと一人心を決めた。
頭に置かれた手が離れていって、ふいに軽くなる。苦笑にも似た表情を浮かべながら父は何も言わない。ああ、どこまでも私たちはこんなにも親子だ。いつまでも不器用で、言いたいことの半分もいえなくて。
10年も血のつながりのない自分を厳しく育ててくれた暖かい手を、離すときが来た。10年の間、感謝の気持ちを忘れたことはなかったけれどどうしても言えない言葉があった。血のつながらない親子。その言葉を言っていいのかわからなくて、拒否されるのが怖くて今まで伝えずにここまで来てしまった。すうっと息を吸うと意を決して、初めてその言葉を紡ぐ。
「…お父、さん」
二人は暖炉に照らされて、夜の気配が二人を纏う。
共に過ごして10年間、初めて少女から聞くその言葉に、優しい琥珀色が驚きの表情を見せた。
「…いままで、ありがとう。」
「礼なんか、いらん」
その言い方はなんだかちょっとぶすくれていて、それでいながら明らかに嬉しそうな気配がしていたので少女はおどけたように抱きついた。
「でも、これからもよろしく!!」
にかっと笑った少女の顔が小憎らしくて、父はただへそを曲げながらがしがしと少女の頭をかきまぜたのだった。
少女は明日、結婚式だ。
でも、ずっと彼の娘だ。
**END **
あるところに、少女がいました。
少女はどこまでも吹き抜ける青空の下の木陰で、いつもひとりでした。
木葉がカサカサと時折風に吹かれて耳を通り過ぎます。
温かい陽光に空気は穏やかで、幾重にも重なった木葉1枚1枚が少女と絵本のページを彩っていました。
「『お母さん、今日のごはんは、なぁに?』」
少女の小さな、かわいらしい口からきれいな鈴が転がるように物語が紡がれます。
「『そうね、なにがいい?』するとお父さんと女の子は顔を見合せて、にかっと笑って言うのでした。『『オムライス!!!』』」
風がざぁっと鳴って、少女の金糸の髪をさらさらと流しました。
「…そうして、家族は、いつまでも幸せ、に…」
ぽた、ぽた、と絵本に少女の流した涙が弾けました。
木陰の下にいる少女に夕陽がかかりはじめました。
少女の背後にはそびえたつ廃墟がありました。
人ひとり、猫一匹いない街はずれに少女はたった一人でいたのでした。
**************************
「あの時はなぁ、もうお前は死んでしまうのかと思ったよ」
どちらかというと寡黙な育ての父は、生きていくのに厳しかった。しつけも日々の言動も決して半端なことをさせなかった。しかしなによりその厳しさが彼の優しさであることを知っていたので、少女は暖炉に照らされ穏やかに話す父の顔をじっと見ていた。
「あのね、なんだか…そう、きっと私は…寂しかったんだわ」
本当はこんなことをいつも語る親子ではない。こんな風に心の内をいつもさらけ出していけるほど器用な親子ではなかった。
それでも、今日だけはなんだかそれが許される気がした。
「誰もいなくなって、幸せなころを思い出してたの。でもそれもすぐに思い出せなくなって、記憶にない幸せを絵本に描いてみたわ。でも、だめだった。空想だけでは満足できなくて、どうしてももう取り戻せない幸せを取り戻したくて、同じ幸せでないと知りながら幸せを求めてた」
パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音のほかは、時折吹く風が窓をゆらす声しかしない。夜がつくる暗闇と暖炉の灯りが父親の顔を形作っている。時間の止まったような静寂が、夜の気配に一層深みを増した。
「あの頃はね、そんなこと気づきもしなかった。それはね、私が私自身何を望んでいるかもわからないで、悲しみに浸っていたから。でもね、人間は飽きるのよ。悲しみに浸って、涙を流して何もしないで生きていくには人の人生は長すぎて、世界は光であふれているもの。大切なものだってちゃんと生きていれば増えていくもの。」
父親は何も言わない。穏やかな琥珀色の瞳が少女を見守っている。
少女がこの家に来た当初、涙は止まることを知らず、その目は春に咲き誇る花々も、少女に暖かい言葉をかける村人の姿も捉える事がなかった。
悲しみに浸り、生きようとしないまだ幼かった少女を迎えたこの部屋で父は低い声で言い放ったのだ。「己の力でどうしようもない出来事を前になぜと思うことは容易い、しかし、人の生に疑問を持ったのならこの先生涯をかけて問い続けてみろ。」と。
「あの頃はね、わからなかった。この先もね、私の答えは変わっていくのかもしれないわ」
この先も、きっと問い続けるから。どんなにそれがつらい思い出と重なっても、楽しかったあの日々が消えることなんてないから。
もう幼くはない少女の頭を、ごつごつした大きな手がなでる。金糸のきらめきをもつ髪の質感は絹糸のようだった。
明日少女は結婚式だ。相手は村一番の仕事をする、もちろん村一番の奴だ。二人して連れ添いたいと挨拶に来たときは相手を地面に沈めてやろうかと思ったが、いかんせん少女が迷いに迷って出した選択だったのを言葉に出さずとも知っていたからできなかった。自分も彼女の幸せを心から願っていた。それでも決して口には出さないあたり、不器用だと思いながら親子なんだから仕方ないんだと一人心を決めた。
頭に置かれた手が離れていって、ふいに軽くなる。苦笑にも似た表情を浮かべながら父は何も言わない。ああ、どこまでも私たちはこんなにも親子だ。いつまでも不器用で、言いたいことの半分もいえなくて。
10年も血のつながりのない自分を厳しく育ててくれた暖かい手を、離すときが来た。10年の間、感謝の気持ちを忘れたことはなかったけれどどうしても言えない言葉があった。血のつながらない親子。その言葉を言っていいのかわからなくて、拒否されるのが怖くて今まで伝えずにここまで来てしまった。すうっと息を吸うと意を決して、初めてその言葉を紡ぐ。
「…お父、さん」
二人は暖炉に照らされて、夜の気配が二人を纏う。
共に過ごして10年間、初めて少女から聞くその言葉に、優しい琥珀色が驚きの表情を見せた。
「…いままで、ありがとう。」
「礼なんか、いらん」
その言い方はなんだかちょっとぶすくれていて、それでいながら明らかに嬉しそうな気配がしていたので少女はおどけたように抱きついた。
「でも、これからもよろしく!!」
にかっと笑った少女の顔が小憎らしくて、父はただへそを曲げながらがしがしと少女の頭をかきまぜたのだった。
少女は明日、結婚式だ。
でも、ずっと彼の娘だ。
**END **
書いた後、自分の作品なのに涙がでちゃった・・・。
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